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日志


12月30日

神社

神社の一年間の主な行事は次の通り

神社行事予定表

1月 1日 初詣   0時より(振舞酒・甘酒奉仕)
      歳旦祭  11時より 礼服着用(食事)
2月 初午 初午祭  11時より 御稲荷様で(食事)
3月 幼稚園卒園式  9時より  礼服着用(お弁当)
4月 幼稚園入園式  9時より  礼服着用(お土産)
   総代会  6時より  (食事)
   祭典委員会 午後7時より
5月 青年会総会 (食事)
   祭典委員会 午後6時より
   半纏合せ  午後8時より
6月 青年会準備 (9時より)
   神輿御魂入 例大祭前日の金曜日 午後8時より 着物着用
   第一土、日曜日 神社例大祭 着物着用(昼食・夕食)
   直会 例大祭翌日 12時より(食事)
7月 青年会準備
   盆踊り奉告祭 初日 6時より
   盆踊り 第三木、金、土位 午後7時半より
10月 総代会 6時より (食事)
    大田区神社総代会(時期はずれる事有り・食事)
    東京都神社関係者大会
    幼稚園運動会 体育の日の前日 9時より(お弁当)
11月 23日 新嘗祭 11時より 礼服着用(食事)
12月 青年会忘年会 (食事)
    第三日曜日位 煤払 9時頃より
    31日 午後3時 大祓式

合計出席日数27日
かなり色々な事が有る物だ
何もしない神社が多い見たいだから
今更ながら関心
宮司さんに敬意を表して二礼二拍手
 
11年目の神社総代として
来年も頑張らなくっては
仕事も頑張ろう
60年に一度の幸運の金の豚年
金の豚年生まれで
今年良い事が多かった豚として
 
12月27日

天津

23日
自宅を6時40分過ぎに出て
成田空港へ向かう
(外はあいにくの雨模様)
近くの駅まで送って貰う
駅で傘を返しホームへ
7時前の特急で終点まで
終点で反対側ホームで待っている電車に乗り換え
成田空港へ8時45分頃到着
早速航空券のチェック
今は自働なので自分で画面を見ながら発券
荷物を預けて本屋へ
時間が余った時に読む本を買い
レストランへ(同行者が朝食を取っていなかったので)
それから出国の手続きをして
出発ゲートへ
行ったら丁度飛行機に乗り込む時間
直ぐに機内へと入る
連休の中日なので出国する人が少ないとの事
機内もかなり席が空いていた
飛行機は中国からの許可が出なくて30分くらい遅れて離陸
韓国上空を通り北京へ
北京へ15分くらい遅れて到着
北京は快晴で暖かい
人数が少ないせいか荷物は比較的早く出てきた
迎えの人と合流し天津へ
天津まで約2時間
今年は珍しく暖かいとの事で
途中の池なども全面に氷が張っていなかった
又青空が見える事は珍しいとの事で有った
夕日と月も綺麗に見える
来年のオリンピックに合わせて
植林などしているがその効果が有ったのか?
天津一番のホテルに5時頃チェックイン
荷物を置いたら食事に
最初ホテル内に有る日本食レストランを下見に
このレストランは天津の会社の援助で出来たとの事
11月にオープンしたばかりで有り
室内は洗練されていて
中国に有るとは思えない雰囲気である
経営者兼料理長は大阪の人で
社長自ら室内の装飾を指示しやり直したとの事
(その為8月オープン予定が延びてしまった)
その後2軒先にある中華料理店へ
ここは天津一番の大きさだとの事で
1階は大きな水槽に魚や亀が泳いでいた
(それぞれに仕切りが有ったが)
(上海に比べるとやはり小さい)
食事をしてから足裏マッサージへ
ホテルに帰ってから
日本食レストランで一杯のみ
部屋へ10時過ぎに帰って来た
明日は天津の会社のクリスマスパーティ
ホテルの日本食レストランで
会社の幹部の人100人くらい出席する
夕食はそこに一緒に参加させて貰う事に
25日の朝北京に移動し
25.26日は北京の会社の人と会う事に
そして午後から帰国の途に
24日
今日は日本では振替休日だが
当然中国では普通に仕事
朝から天津の会社に行き
会社の説明を聞いてから
工場内見学
その後社長と面談
仕事の打合せをしてから
昼食は餃子のお店に
(100種類の餃子その他の料理を出す)
5種類の餃子とその他の料理・スープを注文
羊肉の餃子などと野菜料理・魚料理
(写真は有りません)
午後は午前中の打合わせに関して
写真やビデオを交えて突っ込んだ内容で
5時過ぎに打合わせは終り
ホテルへ送って貰う
部屋で本を読んでいたら
(星の王子様)
6時過ぎに電話が有り
2階の日本食レストランへ
そこで会社のクリスマスパーティを実施
僕達は別室にて飲食
(立食形式の料理の一部を運んで貰った)
その後1階のバーへ場所を移し
部屋へ戻ったのは12時になってしまった

25日
今日は朝の9時半に天津を出発
会社の車で北京に向かう
昼近くに同行者の友人の家に到着
昼食に上海蟹をご馳走になる
(美味しくて又々写真は忘れてしまった)
それからホテルに向かった
ホテルは故宮の近く
チェックインをして荷物を置いてから
人民広場に
此処で車を降りて
故宮へと向かった
来年のオリンピックに向けて
故宮内は所々改修中であった
裏口から出て故宮を一望出来る裏山に
人工の山を登り故宮を見たが
全体に霞んで半分しか見えない
(天津からずっとスモックで霞んでいる
 勿論写真も撮れない)
夕食は北京の会社の人達と
しゃぶしゃぶ風鍋料理
(これも美味しくて写真を忘れた)
夕食は仕事の話をしながらなので
4時間近くに
もう満腹
ところでホテルでは一寸した事件が
チェックインした時は何故かエキストラベットが
食事をして帰ってくると4人が騒いでいる
そしてエキストラベットを運び出していった
ついでに部屋に置いてあるシャンプーなども
一人分になっていた

26日
今日は朝ゆっくり起きる
日本へ帰る日である
飛行機の出発は15:30予定
成田着は19:55予定
お土産を買っていなかったので
ホテルで甘栗などを買う
(天津の会社からお土産で貰ったが
 大きい箱に入った物だったので)
チェックアウトの時間になり
ホテルを出て空港へ
空港へ向かっている時に
同行者から電話が入り
昼食を一緒にとの誘いが
でももう空港へ向かっているので
丁重に断り電話を切る
空港に着いて昼食を取り
出国手続きを済ませて
お土産のタバコを買い
搭乗口にて待機
目的の飛行機は
予定より20分くらい早く到着
この調子なら時間通りに着けるかも
着く時間が遅くなると
家へ着く時間が遅くなってしまうからな
20:36か21:07の電車に乗れるといいな
20:36だと11時前に家に着ける
21:07だとギリギリ11時かな
行きも帰りも飛行機は空いていた
特に帰りは3人の所に
一人だけの所が多かった
成田には時間通りに到着
荷物も比較的早く出てきたので
20:36の特急に乗った
自宅には10時半過ぎに到着
やっとインターネットが使用できる
メールのやり取りだけで終らせた
天津の会社の人の来社予定は
1月3日だと言って来た
お正月はどうせ出かけられないし
ゆっくり打合わせ出来るので良いか
何となく慌ただしい天津ツアーで有った
明日は予定が一杯
帰国してからの仕事も一杯有るし
自分の仕事まで手が回らないだろうな
 
12月22日

中国出張

中国へ行く時間が決まった
23日の10:45の飛行機で北京へ
13:55北京着
帰りは26日15:30の飛行機で成田へ
19:50成田着
23日は6時台の電車に乗らなくては
26日は夜10時半から11時ごろに家に着くかな
羽田から上海まで行ける事になったのに
今回は天津へ行くので北京経由
成田までは自宅から2時間かかる
羽田なら家を出てから30分
この差は大きい
今回は日曜日の朝6時台に家を出なければならないし
帰ってくるのは下手すると深夜に
天津は寒そうだし
上海なら東京と大して違わないので楽なんだが
でも北京の空港まで車で迎えに
来てくれているだろうから良しとするしかないか
 
19日
今日は一緒に天津に行く人が来て
打合せをしてから
一緒に食事に出かけた
蕎麦やさんで一杯やりながら
蕎麦味噌・厚焼き玉子(蕎麦入り)
すき焼き(饂飩入り)
牡蠣の土手鍋(きしめん入り)
等を食べた
長野から来た人だったが
この様な蕎麦の料理は珍しいと
喜んで帰っていった
(と言っても今夜はホテルに泊まり
 明日朝長野新幹線で帰るらしいが)
お土産にゴディバの限定チョコを渡した
こんな高いチョコが有るのと
ビックリしながらも喜んで帰った
(ゴディバはそんなに高くないと思うが)
22日
朝から中国へ行く時のお土産を買いに
近くの駅ビルへ行って来た
初めての会社に行くので
何人に持って行って良いのか見当が付かない
取り敢えずクリスマス用にラッピングしてある
チョコレート・クッキー・煎餅などを15個くらい買って来た
それから近くのスーパーへ行き
ステーキ肉などを買って
(我家は今夜クリスマスパーティにした)
帰り道にパティシエのお店でケーキを買い
最後に牛丼を買って帰り
少し遅い昼食を済ませた
12月16日

銀座

今日は娘夫婦が9時過ぎに家に来て
少し話をした後銀座に行く事に
ファミリアでベビー用品を買って
楼蘭で昼食を
その後博品館に行っておもちゃを買い
宝くじを買って行きたいとの事で
有楽町へ戻った
娘夫婦は宝くじを買う為に並ぶ
僕達はインターネットケーブルを買って
一時帰宅休憩
夕方品川で待ち合わせして
ステーキを食べに
品川のOUTBACKへ入った
僕達は初めてだったので
注文の仕方を教わりながら
ステーキセットを食べた
柔らかパンに肉・サラダでお腹一杯に
デザートにチョコレート・サンダーを
これも大きくて4人がかりで平らげる
帰りの駅を出てから
駅ビルで鯛焼きを買って
食べながら帰って来た
(鯛焼き屋さんは何時も
 行列が出来ているので買わなかった)
大満足の一日

 
12月12日

土曜日

少し遅れたけど1日の土曜日の出来事
今日は身体がだるかったので朝起きられなかった
ゆっくり起きて来て朝食を取り病院へ
病院に10時頃着き少し待たされた後診察
喘息が有る上に身体が熱っぽいと言われ
注射を2本うった
それから薬を貰い12時頃帰宅
昼食を取り横浜まで買物に
中華街の肉まんなどの詰め合わせをお歳暮に送り
ヨドバシカメラでプリンターのインクと紙を買って
そこの地下で鶴橋のお好み焼きのお店でお八つを
それから帰って来た
家に5時頃に着いた
注射を2本うったのと薬のお陰で
出かけている間は咳が出なかった
でも帰って来てからだるいので
休みながら過ごしています
 
家内はゴディバのミントスティックが好きだ
近くの駅ビル内にも
ゴディバのお店が出来たが
ミントスティックは置いていない
先日横浜に行った時
高島屋内のゴディバのお店が有ったので
聞いて見たらと言った
店員さんに聞いたら出してくれた
早速一箱お買い求め
前は銀座の三越で買っていたのだが
最近は銀座にも行かないし
もう諦めていたらしい
毎日少しづつ食べている
12月11日

景気

世の中景気が良くなっているの?
悪くなっているの?
先月から注文が多くなって
品物を作るのが間に合わなくなって来ているのに
会社の製品を拡販しますと
幾つかの商社から話が来た
暇な時に来て呉れれば良いのに
忙しくなったら話が沢山来て
知り合いの人々なので
無下に断る訳にも行かず
これ以上忙しくなったら
どうしたら良いのだろう
早く中国へ行って
生産体制を整えろと言う事か
中国に頼っても品質の面で今一だし
どうすれば良いの
12月5日

踏み切りと京急

JRの踏み切りは閉まるのが早く
電車が来るまで大分待たされる
そして電車が通り過ぎてから
暫く開かない(100mくらい過ぎてから開く)
それに東海道線と京浜東北線と
4本の線路が有る為に閉まっている時間が多い
(通称開かずの踏み切り)
この前近くの踏み切りで電車が通過した後
直ぐに遮断機をくぐり渡ろうとした人が
踏切内に入ったけど次の電車が来たので
警報音と共に電車が急ブレーキ
踏切内で止まったしまったので
僕達は踏み切りを渡るのを止め
ガードをくぐっていく事にした
遠回りして踏み切りの反対側に戻ってみると
やっと電車が動き出す事に
でも近くで止まっていた電車まで動き出し
踏切が開くまでもう少しの時間がかかっていた
やはり踏み切りで待つのは5分が限度
それ以上になると遠回りしても
陸橋かガードを潜る事に
電車の多い踏み切りは立体交差にして欲しいな
遮断機を潜るのは絶対にいけません

一方京急の踏み切りは
駅から電車が動き出してから
踏切が閉まる
だから待つ時間は少ない
そして電車が通り過ぎたら直ぐに開く
でも電車の本数が多くて
(同じ方向の電車が最大2分に三つ行く)
待つ時間も多くなっている
駅で追い越される電車も
駅に着いてドアが開く頃には
反対側を通過電車が
線路の幅が広い為か
スピードも出す
(120Kmくらいで住宅の間を疾走する)
又連結や切り離しも多い
良くあんな過密ダイヤでやっている物だ
でももうあと少しで全面高架に
 
この辺は京浜急行の電車が走っている
名前の如く急行電車で有る
線路の幅が他社より広いせいか
(新幹線と同じ線路の幅)
都内でも120Kmの猛スピードで
走り抜ける(駅でもスピードを落とさない)
西武電車の運転手が乗って
怖くて二度と乗れないと言ったと言う逸話もあるくらい
家の近くの駅での追越では
普通電車が駅に止まり
ドアが開くと直ぐに
反対側を快速特急が猛スピードで走り過ぎるし
川崎駅では12両編成の電車を切り離し
前の8両の快速特急が出て一分しない内に
後の4両の特急が出て行き
又一分しない内に
反対側のホームから普通電車が出て行く
又止まらないと言うのも定説
前に国鉄などがストライキで止まった時も
何時も動いていたし
踏み切りも凄い
駅近くの踏み切りでも
普通電車が動き出してから閉まる
又電車が通り過ぎると直ぐに開く
(JRでは100mくらい通り過ぎてから開く)
此処から成田空港まで行くと良く分かる
同じ車両で行くのだけれど
京急内は120Kmくらいのスピードを出す
都営地下鉄線内はその半分くらい
京成線内は90Kmまで
成田を過ぎて空港までの間で
やっと110Kmにスピードアップ
昼間の快速特急は品川か川崎で連結
金沢文庫で切り離し(或いはその逆)
JRにも女性の車掌さんがいるが
京急はかなりの車掌さんがいる
又女性の駅員さんも多い
この前の自働改札機の事故も無かったし
前に「いいとも」で
京急はドアを閉めますと
駅の放送をしていたと言っていたが
車掌さんが放送しているのだから
閉めますで良いのです
JRでは駅員さんが放送しているから
ドアが閉まりますになるのです
地元を走る電車として凄いの一言
 
12月4日

病気

知り合いに30年くらい前から
糖尿病で入退院を繰り返している人が居る
最初の頃は注射を打ちながら
酒の席にも出ていたが
20年くらい前階段から落ちて入院した
その時に肺気腫で一時的に意識を失い
階段から落ちた事が分かった
その後は自宅と病院以外には
何処へも出掛けられ無くなり
入退院の繰り返し
10年位前からは何時も酸素ボンベと一緒
奥さんが大きな薬問屋をやっているので
今まで生きて来られたが
そうでなければ良いお医者さんにも会えず
とっくに亡くなっていたと思われる
命のローソクが尽きるまで死ぬ事は無いのだが
周りの人々がいなくなってしまって
一人残された病院での生活
知っている人も後から入院して来て
先にいなくなってしまう
見舞いに来る人もいなくて
寂しい思いをされている事だろう
本人が良ければ良しとするしか無いのだろうが
この様な人生が本当に幸せか考えてしまう

社会科見学

会社に小学三年生が見学に来た
小学校三年生では品物の事は分からないだろう
質問も先生が用意した物見たいだし
どうせ見学に来るなら5年か6年生位にならないと
学校では教育委員会の方針に従って指導するだけだから
解っても分からなくても良いのだろうが
どうせ親身になって教える先生も少ないのだから

近くの小学校の三年生は3クラス有ると言っていた
統合される前は1クラスの人数にも満たなくなっていた
統合されてから近くにマンションや建売が増えて
子供も多くなった
先生は皆30~40代の女の人
校長先生も女の人
先生は産休とか育児休暇とかきちんと取れるから
女の人が多くなってしまうのかな
12月2日

氏子崇敬者

今朝起きて少し経って宅急便を出しに行っていたら
神社から電話が有って本日出席されますよねと言われたと
今日「大田区神社氏子・崇敬者の集い」が有る事を
すっかり忘れていた
カレンダーには書いて置いたのだが
会社のカレンダーは未だ11月だったし
慌ててお返し物を届けに行き
急いで帰って来て出席する事に
要するに予定を入れ過ぎなんだな
専属の秘書を雇わなくては
大田区神社氏子・崇敬者の集い
に行って来た、副題に
第62回伊勢神宮式年遷宮を迎えるにあたって
となっている
要するに伊勢神宮で20年毎に行われる
遷宮(神社の建替え)行事への寄付金集めだが
本日の式次第にある神社の教えに次の事が書いてある

敬神敬祖の誓い
新道は常に変わることのない正しい人の道であり
人々に真の幸福と平和をもたらす祖先の教えであります
私達は神より託された尊い使命を忘れることなく
ここにこの目標を掲げて
一日一日を大切に生きて行く事を誓います
1.神の恵みと祖先の恩に感謝し
  真心こめて日々の生活に励みます
1.皇室を尊び国を愛し
  明るい住みよい社会をつくります
1.日本人としての自覚と誇りをもって
  国の繁栄と世界の平和に貢献します

皇室の部分はどうかと思うが
その他の部分では共感できる
日本は神の国
食べ物などを大切にし
それらの神々に感謝して来たはず
そして先祖を敬いその教えを守って来たはず
今みたいに親も子も無く人の命を
大切にしなくなったのはどうしてだろうか

その後前回の式年遷宮のビデオを見たり
説明を聞いたりして
懇親会で終了

天照大神を祀った伊勢神宮は
西暦690年から20年毎に
建替える事で昔の姿を今に留めている
建物から神社宮司の衣装に到るまで
その当時の物を当時のやり方で再現する


12月1日

人生論

命のローソクの長さと太さは生れる時に神様が決めてしまう物
でも炎の大きさや輝きはそれぞれの人が決められる
平成2年に亡くなった叔父さん
年をとってからは俳句の会を主催していた
最後は「良い人生だった思い残す事は無い」
と言って亡くなった
辞世の句は「囀りを浴びてこのまま眠りたし」
この句を見ればその人の人生が判ろうと言う物
一年後の同じ日に亡くなった父
叔父さんに対抗していて
叔父さんが最後に入院してからは
絶対にお見舞いに行かないと言って
亡くなったら叔父さんが病院から帰る前に
喪服を着て叔父さんの家に行った
最後に入院してからもこの世に未練たらたらで
叔父さんが亡くなって一年目が近づいた時
僕達は絶対に叔父さんに呼ばれてあの世に行くねと言っていたら
正にその通りとなってしまった
どうせなら亡くなる時に良い人生だったと言って
行きたいものである

三回忌

今日は母の三回忌法要が行われた
お返し物などは昨日の内に用意して有った
本日はお寺さんと会食のみ
12時からお寺さんでの法要
30分くらいで終りお墓参り
1時半から豆腐料理屋さんで会食
料理は
小鉢   おから生野菜添え
温物   茶碗蒸し
     手桶湯葉
お造り  湯葉豆腐とたぐり湯葉のお造り
おしのぎ 手毬寿司
預鉢   ふく福豆富 二色あん掛け
焼物   豆腐の溶岩焼き
揚物   海老真丈の湯葉包み揚げ
吸物   湯葉吸物
飯物
香の物
デザート
どれもあっさりした味付けで美味しかった
(お返し物は重いので明日
 お見舞いを兼ねて持って行く事に
 遠い所は後から送る事に)

通夜

11月27日の出来事
神社の責任役員をやっていた人の通夜に行って来た
昨年奥さんが亡くなった
葬儀の場所も同じで葬儀社も同じ
通夜の料理は前よりましだったが
評判の悪い葬儀社で
今回も余り良くなかった
その葬儀社は大学病院に詰めていて
母が亡くなった時も
看護婦長さんらしき人が
しきりに葬儀社は決まっていますかと聞いてきた
僕達は評判の悪い事を聞いていたので
偶々数日前に新聞に折り込み広告の入っていた
別の葬儀社にした
そこは写真を見せてこれならいくらです
この程度の金額ので良いでしょうと薦めてくれた
お陰で費用を余りかけなくて立派な葬儀が出来た
近所の人が同じ葬儀社でやった時と同じだったが
近所の人の時は生花が少なかったので貧弱に見えたが
母の時は生花が多かったので凄く立派に見えた
大学病院に詰めている葬儀社は絶対に金額を言わないらしい
ご予算は?と聞いてきて
それならこの程度ですと写真を見せるらしい
写真を見て普通はそれよりも上のランクの物にするので
そして後からかなりの追加請求が来るらしい
大学病院に詰めているだけあって
今ではトラックも10台以上持っている葬儀社になっている
一番酷いのは駅近くの神社の会館を建て直し
自分の所の専用葬祭場にしていることだ
(そこの神社の宮司も悪いが)